いい道具のつくりかた。
シリーズ 食の仕事人:第一回 おろし金 大矢製作所
おろし金製造の老舗『大矢製作所』を訪ねました。
現在、関東で銅のおろし金をつくっているところは二軒しかありません。
埼玉県和光市にある『大矢製作所』はそのうちの一軒で、昭和三年創業の老舗のおろし金屋さんです。
大矢製作所のベテランの職人、岩渕辰夫さんにお話を伺い、そのお仕事を見学させていただきました。
「そもそもおろし金とは?」
「いいおろし金を使うとなにが違う?」
そんな素朴な質問に、岩渕さんはわかりやすく答えてくれました。
──まずはおろし金のお歴史について教えて下さい。
おろし金の歴史はとても古く、正徳2年(1712年)刊行の『和漢三才図絵』という図鑑にも載っています。「わさびおろしは銅をもってつくる。形は小さなちり取りのようで、爪刺(目のこと)が起こしてある。山葵、生姜、甘藷などをする。裏の爪刺は粗く、大根をする」とあり、形も現在の元ほぼ同じです。ただ、現在は食材の味を変えないように錫でメッキをしていますが、江戸時代はしていなかったようですね。錫で覆うようになったのは明治の頃からだと思います。
つくるための道具も変わっていません。金槌とタガネ、それだけです。あとはおろし金を固定する台くらい。道具は自分でつくります。鋼は知り合いの包丁屋さんに頼んで作ってもらいますが、それに自分たちで刃をつけるんです。
──おろし金は銅でつくられたものが一番と聞きました。どうして銅製がいいんでしょうか?
金属の固さがちょうど良かったんでしょう。焼きを入れた銅は硬さと粘りをあわせもっていて、歯が長持ちするんです。アルミだとやわらかすぎて鋭利な刃がつかず、ステンレスだと硬すぎて目がたたない。それに銅には抗菌作用があるし、食品を扱うには最適な材料だと思います。東と西では形が違いますし、表と裏も逆です。関東はこの羽子板の形で、表が粗い大根用、裏は細かい薬味用です。
こういった道具が育ったのは東京だからだと思います。料理人さんの数も多かったですし、昔の職人はみな品質にはうるさかったんですね。
──誰でもこんなにまっすぐにいくものなんでしょうか。
もちろん、いかないですよ(笑)第一、目が立たないです。45度の角度でタガネを打ち込んでいきます。そのリズムが大事。一時期はにわか職人みたいな人がいて、そういう人がつくったおろし金が出回ったこと、ありますけど、見ると目が立ってないですよね。
──目が立っていると、なにが違うんでしょうか?
いいおろし金は材料を切っているんです。だから水分を逃さない。それと機械でつけた刃は均一なので、同じところがおろせてしまいます。手で目立てをすると不均一なので、同じところだけがおろされる、ということがない。だから、大根を廻さなくてもいいんです。
大量生産品との違いは、大根や生姜をおろしてみると一目瞭然でした。プラスチック製の安価なおろし金は断面を潰しているのにたいして、大矢製作所のおろし金は細かく切っていく印象があります。そのため出来上がった大根おろしはキメが細かく、繊維が口に残らない。細胞が潰れていないからか、時間を置いてもあまり水が出てきません
──最後にひとつ、お伺いしたいのですが、仕事をしていて、良かったと感じられることはなんですか?
使ってもらって良かった、って言ってもらえるのが、やっぱり一番、うれしいですね。セラミック、アルマイト製のおろし金しか使ってなかった人にはショックなのかも知れないですね。一般の方からも「買ってすごく良かった。大根下ろしってこんなにおいしいものだったと知りませんでした」という葉書が来たりすることもあります。とてもありがたいことです。
銅製のおろし金は十年、二十年は使えるそうです。切れ味が悪くなったら、目立て直しもお願いできます。ちなみに目立て直しの代金は上物の半額だそう。
洗うときは歯ブラシを使うのがベスト。使ったらすぐに歯ブラシでさっと水洗いして、風通しのいい場所にかけてよく乾かすだけでOKとのことでした。
(取材先:大矢製作所 取材日:2012年11月)
『世界最小の刃物』
料理の多くはじつは道具によって定義され、特徴づけられている。
それは例えば、おろし金がなければ、大根おろしはできない、ということだ。
つまり道具をつくる職人がいなくなれば、食文化は危機に瀕することになる。
食を支えているのは料理をつくる人や、食材をつくる生産者だけではない。料理道具をつくる職人によっても、支えられている。
日本料理は切る文化である、とよく言われるが、その繊細さは大根おろしのような脇役、細部にも及ぶ。
おろし金の鋭い切れ味があってはじめて、大根おろしは雪のようにさらりとした口溶けになる。
おろし金は世界最小の刃物の連続体なのだ。
Text by Traveling Food Lab
(配信元:食育通信online)